第二次世界大戦後の冷戦の展開と、冷戦終結後の現代世界の変化を学びます。
だいじな考え方
- 第二次世界大戦後、アメリカとソ連という2つの超大国が対立する冷戦が始まりました。1949年に西側諸国はNATO(北大西洋条約機構)を、1955年に東側諸国はワルシャワ条約機構を結成し、軍事的に対立しました。
- 1955年のバンドン会議では、アジア・アフリカ諸国が植民地支配からの独立と平和共存を訴えました。1960年には多くのアフリカ諸国が独立を果たし、「アフリカの年」とよばれています。
- 1962年のキューバ危機は、核戦争の危機にまでいたった冷戦の緊張が頂点に達したできごとです。1973年の石油危機は、世界経済に大きな混乱をもたらしました。
- 1989年のマルタ会談で冷戦の終結が宣言され、1991年にソビエト連邦が解体しました。冷戦後は、それまでおさえられていた民族や宗教を背景とする地域紛争が各地で表面化しました。
冷戦は米ソの直接戦争ではなく、代理戦争や軍事同盟の対立という形で表れた「戦火を交えない対立」。
やりかた
- できごとが冷戦の始まり・展開・終結のどの時期かを確認する
- 東西どちらの陣営に関するできごとかを確認する
- アジア・アフリカ諸国の動き(独立・非同盟)を、東西対立と区別して考える
- 冷戦終結後の変化(地域紛争など)の原因を、冷戦の構造から考える
れい
問題: 冷戦終結後、世界各地で民族や宗教を背景とする地域紛争が増えた理由を説明しなさい。
- 冷戦中は、東西両陣営がそれぞれの勢力圏をまとめていたことを確認する
- 冷戦の終結でその枠組みがなくなったことを考える
- それまでおさえられていた対立が表面化したことを結びつける
答え: 冷戦中に東西両陣営の枠組みでおさえられていた民族・宗教の対立が、冷戦終結後に表面化したから
つまずきやすいところ
NATOとワルシャワ条約機構を、どちらが西側・東側かを取りちがえる
NATOは西側(アメリカ中心)、ワルシャワ条約機構は東側(ソ連中心)の軍事同盟
バンドン会議を、冷戦の一方の陣営に加わるための会議だと誤解する
バンドン会議は、東西どちらの陣営にも属さない非同盟の立場をめざしたアジア・アフリカ諸国の会議
たしかめ方
- 冷戦の始まりから終結までの主なできごとを、年代の古い順に4つ以上並べて説明できるか確かめる。