律令国家のしくみが、荘園の広がりとともにどう変化し、武家政権へと移り変わっていったかを学びます。
だいじな考え方
- 律令国家では、6歳以上の男女に口分田をあたえる班田収授法にもとづき、人々は租・庸・調などの税を負担しました。743年の墾田永年私財法により開墾地の永久私有が認められると、貴族や寺社が私有地を広げ、荘園という土地のしくみが発達しました。
- 平安時代には、藤原氏が娘を天皇に嫁がせて実権をにぎる摂関政治が行われましたが、後には天皇の位をゆずった上皇が実権をにぎる院政が始まりました。
- 荘園の管理や治安維持のために武士が力をつけ、1185年に源頼朝が守護・地頭の設置を認められたことで、鎌倉幕府による武家政権が確立しました。北条氏は執権として幕府の実権をにぎり、1232年に御成敗式目を定めました。
- 室町時代には、農民の自治組織である惣が発達し、1467年の応仁の乱をきっかけに、下の者が上の者を実力でたおす下剋上の風潮が広がりました。
公地公民という律令の原則は、私有地を認める法令(墾田永年私財法)によってくずれ始めた。
やりかた
- できごとが律令国家・摂関政治・院政・鎌倉幕府・室町幕府のどの時期かを確認する
- 土地制度(公地公民・荘園など)がどう変化したかをたどる
- 権力の担い手が、天皇・貴族・武士のどれに移っていったかを考える
- 各時代の統治のしくみ(律令・幕府など)の特色を整理する
れい
問題: 墾田永年私財法が、その後の土地制度にあたえた影響を説明しなさい。
- 律令の原則(公地公民、口分田は国のもの)を確認する
- 墾田永年私財法の内容(開墾地の永久私有を認める)を確認する
- これにより私有地(荘園)が広がっていったことを結びつける
答え: 開墾地の永久私有が認められたことで、貴族や寺社が私有地を広げ、荘園が発達するきっかけとなった
つまずきやすいところ
摂関政治と院政を、どちらも同じしくみだと混同する
摂関政治は藤原氏が天皇の外戚として実権をにぎるしくみ、院政は天皇の位をゆずった上皇が実権をにぎるしくみで、実権をもつ人物がちがう
御成敗式目を、天皇や貴族のために定められた法だと誤解する
御成敗式目は、鎌倉幕府の執権北条泰時が、武士の慣習にもとづいて定めた武家のための法律
たしかめ方
- 公地公民から荘園制、そして武家政権の確立までの流れを、土地制度の変化に注目して説明できるか確かめる。